「オルガン研究」創刊のことば

(オルガン研究 第1巻(1973)より 松原茂初代会長遺稿)

日本オルガン研究会 会長 松原 茂

オルガン音楽は、わたし達の国では不毛の分野だと思われてきました。
ヨーロッパの音楽が歩んできたような歴史も伝統もないのですから、当然なのかもしれません。
オルガン音楽はヨーロッバでは主に教会の中で育ってきたのですから、
キリスト教の伝統の浅い日本では、他の分野の音楽が目覚ましい進展を遂げても、
オルガンの分野だけはとり残されてしまったのだとも考えられるでしょう。
オルガンを勉強するにも、生の音を聞きたくても
楽器が無かったのですから、どうにも仕方がなかったのです。
しかしそれでも、何人かのとりつかれたようにオルガンに情熱を燃やす人々がいて、
遅々として幼い歩みであっても、この道は少しずつ開かれてきました。
日本オルガン研究会もこのような人々の何人かによって支えられてきたのです。
この会が今日の名称と共に、今のような研究活動を始めたのは1969年のことですが、
すでにもっと以前からこのような活動の底流となるものはありました。
そのような活動に加わっていた人々が、今日でも会員として参加していることは心強いことです。
日本オルガン研究会は組織をつくるよりは実践という考え方でやってきましたので、
会員組織がつくられたのはやっと今年4月のことです。
同時に何よりも大切な研究活動は、研究例会の実施と研究誌の刊行であると痛感いたしました。
そしてここに研究誌の創刊号をお届けするのです。
未熟ですが、それでも日本では初めての、実に初めての専門研究誌が誕生したのです。
私達は格調の高い、信頼のおける専門研究誌として、これを育てていきたいと考えています。

ご承知のように、オルガン音楽には実に多様な問題があります。
演奏に関する問題、楽器そのものおよびその建造技法に関する問題、
これらが更に細分化され、そのそれぞれが長い歴史を背負い、伝統の中に生きながら、
しかも相互に有機的な関係を保ち続けているのです。
このような問題について、これまでにも無数の研究がなされてきましたが、
これからもなされるでしょう。
同じオルガンが二つとないように、楽器としてオルガンは個別的なものであり、
それだけに他のどんな楽器の奏者よりも、オルガン弾きは困難で複雑な問題にぶつかるからです。
私達にはオリジナルな研究が必要であると共に、
今日ではまず知ること、学ぶこと、
つまりわが国ではほとんど知られていないけれど、
すでに外国では当り前のようになっている事柄や研究を紹介することも大切なのです。

かつてオルガン界では
「バッハにかえれ」、「バロックに立ち返れ」というモットーが掲げられたことがありました。
今日にも通用するよいことですが、
「……にかえれ」は常に今日と未来の致富のためでなければなりません。
過去の偉大なオルガン建造家やオルガニスト達のすべての努力が、
未来への方向にあったことを忘れてはなりません。
例えばかつてのドイツ・オルガン運動の一つの失敗は、
この点をおろそかにしたことにあった様です。
歴史的な伝統のあるオルガン文化は継承され、
未来へ引渡されると同時に、新たな創造を生み出してきたのです。
私達もまた、この日本においてそれをやろうとしているのですが、
とうてい私達だけの手には負えないように思われます。
しかし、せめてその道筋だけは私達の手でつけておきたいと思っているのです。

広告

「オルガン研究」創刊のことば” への2件のフィードバック

コメントは受け付けていません。